私が求める音
私はCDやレコードを聴く時、演奏家の意図がよく分かるように会場の客席で聞こえる音を聴くように心がけています。ですが弾き方のヒントを得たい時は、演奏家と同じステージの上で少し離れた音を聴くようにしています。(近すぎると迫力はたしかにありますが、全体のバランスが悪過ぎて全体の構成が聞き取れないからです。それに音を遠くに飛ばす演奏雑音が強過ぎます。)
指や弓が弦にあたる音はたしかに面白いでしょうが、バランスの面から言うとやり過ぎです。
音楽は生命への賛歌です。常に時間に支配されながらも生きていく喜びを音で表現しているわけです。音楽を聴く時、演奏の技術や音色、音楽性も勿論大切なのですが、一番感動するのは何といってもその演奏の生命力に対してです。その生命力はテンポとリズムにあります。たとえ音色などは充分に表現されなくても、演奏の一番根幹をなす生命力(テンポとリズム)はスペックの劣る媒体を通しても、充分聞き取る事ができ感動できるのです。
その音楽を装置を通して聴かせるオーディオの世界では良い音が出ている時に、それが演奏が良いからなのか装置が良いからなのかを分けて考えていないのです。良い再生装置というのは何を聴いても良い音がするのではありません。良い演奏は良く、つまらない演奏はつまらなく、真の姿を伝えなければ良い装置ではありません。そういう良い装置で聴くのはある意味とても厳しいものです。
音楽の中核をなし、聴く人に最も訴えかけるのは中域の音です。ですから古い録音や器械でも中域がしっかり出ている物はいつの世でも良い評価を得ます。前にご紹介した結合音の例を見ても、音は倍音だけで出来上がっているのではありません。(この結合音は奏者の近くでは聞こえますが、離れると聞こえません。つまり客席で聴いている人には意識される事のない現象です。)
また音楽は正弦波の重ね合わせで表現出来るものではありません。(正弦波の重ね合わせは近似的に定常状態の場合には有効な分析法です。)音楽は過渡的現象と言われる例外的な現象の連続なのです。理論的には倍音列を出来るだけ上まで再現すれば生の音に近くなる筈なのに、実際は違和感のみが強調されてしまいます。
要するに活き活きとした楽しい音を聴ければ、方式など何でも良いのです。例えば直熱3極管300Bシングルとビーム管KT66プッシュプルの出す音が思いの外に近いのです。スピーカーが決まると音の基本的キャラクターが決まるので、それを最大限活かせるアンプを探すという順で決めていくのが良いでしょう。
今にして思うのは一番影響力が大きいのは部屋の音響です。ですから上に書いたような現象(300BシングルとKT66プッシュプルの話)が起こるのでしょう。 |