ヴァイオリン弾きである私が自分の勉強と楽しみのために聴いているステレオです。リビングと家の中の3つのレッスン室にステレオを置いていますが、リビングと私のレッスン室をメインにしています。
第一に音の芯がしっかり伝わること、そして音の質感密度感スピード感が全帯域で同じであること、そしてステレオの存在を忘れられる事が私の求める条件です。私にとってスピーカーから出る音は広帯域で分離が良い事より、まとまりの良い事の方が大事です。そういう条件のもと集めたのが私のシステムです。
スピーカー:TANNOY Devon
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リビングのスピーカーTANNOYのDevonは以前は木のスピーカースタンドを横にしてその上に置いていました。ですがキット屋さんのホームページに出ていたTANNOYのStirlingの置き方の記事を読んで、この写真のようにスタンドの上に載せることにしました。スタンドは2つを一緒にして使っています。
Devonのエッジの劣化を2004年4月に張り替えて修理しました。5月半ばにMERIDIANの207 IIがとうとうレーザーが弱くなってディスクを読まなくなってしまいました。
MERIDIANの劣化に備えて以前に買ってあったARCAMのプレーヤーにサンバレーの真空管を使ったDAC
Model2を組み合わせたら、少し堅めだったARCAMがとても良い感じの音になりました。
このシステムのカナメDevonは買ってから25年近く経っているので、よく鳴らし込んであるので音は軽く出てきます。ですがダイナミックレンジがあまりとれないのが気にはなっています。そこでスーパーツイーターを追加したらもう少し充実した感じになるかと思って試してみたいと思っています。
1階のレッスン室のシステムはStirlingとRogersの2本立てです。
システム1:
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今までStirlingをメインにしてRogersは予備としておいてあったのですが、サンバレーの6GW8のプッシュプルアンプSV-9TでRogersを鳴らしてみたら予想していたよりはるかに充実した音が出てきました。今までRogersを300Bのシングルアンプで鳴らしていた時には、音は練れてはいるのですが今一つ押出しの弱い感じがしていました。プッシュプルでドライブしたらヒョッとすると一皮むけるかもという予想が見事にあたり、今まで出てこなかったような音が聴けたのには驚きました。そのRogersを使わずに置くのはあまりにも勿体ないので、Stirlingと向かい合う形に置いて、両方とも聴くようにしました。
またStirlingに組み合わせたTANNOYのスーパーツイーターST25はレベルは85dBクロスオーバー周波数は18kHzに設定しています。この最も弱くスーパーツイーターを効かせる設定が一番バランスが良く聞こえます。なおStirlingのツイーターは1段階落とした設定にしています。
プリアンプはサンバレーのプリアンプSV-722 Macintosh型です。プリアンプは管にする必要はないというのが定説ですが、音楽の芯を伝えてくれるという点と音の密度の点でかなりの表現力の違いがあります。
リビングとこのレッスン室のステレオのセッティングについてはサンバレーの店主のひとりごとがとても参考になっています。皆様も是非お読みになって下さい。
今リビングではSV-501SEを、1階のレッスン室ではSV-91Bを使っています。これほど性格の異なる2つのアンプをどうして使っているのかについて説明します。
リビングでは寛ぎながら(コーヒーとお菓子を楽しみながら)音楽を聴いていますが、こういう環境にはSV-501がよく合います。SV-91Bだと音が重くて神経質に聞こえるのです。逆にレッスン室で聴く時にはSV-91Bの方が良く聞こえます。どちらか1つをとるとすれば私はSV-91Bの方をとります。同じソースでもその時の目的によって色々な聴き方をするので、例えばある演奏家の弾き方を細かく聴きたい時や演奏家をすぐそこに感じたい時は91で、コンサートを聴きに行った時のように楽しむのだったら501で聴きます。501の方は色々な音色があり細かい音がよく聞こえますが、91の方は音の厚みとエネルギー感が優れています。私達演奏家が忘れてはならない音の厚みを出す事などはそれこそ91Bの独壇場でしょう。(お茶漬けのようなサラサラした音ではいけないのです。音と音がいつもつながっていて(legato)、それでいて1音1音発音はハッキリしないといけないのです。この感覚を日本に住んでいて持ち続ける事はとても難しいのです。この感覚は91Bの方がよく表現できています。)それに91でジックリ聴いたソースを501で聴くと、何かサラッと流れて行ってしまうような気がするのも事実です。でも91Bではあまり出てこないが501 SEではよく見えてくる面がある事もまた事実。この2つの相反するような面を両方とも欲しい欲張りな私にとってはレッスン室のメインシステムもリビングのサブシステムもどちらも大事で、優劣はつけられません。単純に聴く回数はリビングのサブシステムの方が多いです。聴きたいと思う時はリビングにいる時の方が多い上に、91Bの方は聴くのに良い意味で覚悟がいるからです。
寝室のステレオは大変簡単なもので、私が作ったエレキットの6BM8のアンプTU-870とALR JordanのEntrySのセットです。ソースは携帯用のCDプレーヤーです。自分の部屋で寝る時に聴くためのものですが、気楽に聴くならこれで充分です。(簡易システムが欲しい方にはこの組み合わせを推薦します。バカにできない表現力を持っています。今お使いのCDプレーヤーにModel2をつなげば良いです。)
エレキットのTU-870 |
ALR JordanのEntry S |
私はCDやレコードを聴く時演奏家の意図がよく分かるように会場の客席で聞こえる音を聴く事を一番大切にしています。ですが演奏家の弾き方を聞き取ろうと思う時は演奏家と同じステージの上で聴いているような感じで聴きます。(但しその場合も演奏家から少し距離をおいた感じで聴きます。演奏を至近距離で聴くのは迫力はたしかにありますが、全体のバランスが悪過ぎて一番大切な全体の構成が聞き取れないからです。それに音を遠くに飛ばす為の演奏雑音が強過ぎるのです。)
まともな演奏家は演奏雑音で人をビックリさせるようなお行儀の悪い演奏はしません。弾いている本人に聞こえる音はある意味とても人にお聴かせ出来るような音ではありません。指や弓が弦にあたる音が聞こえるのはたしかに面白いでしょうが、音楽を聴くという面から言うとそういう音が客席でハッキリ聞こえるのはやり過ぎです。(大家の場合許されてしまうこの種のパフォーマンスはその人だから許されるのです。手本にはならないものです。)
音楽は生命への賛歌です。常に時間に支配されながらも生きていく喜びを音で表現しているわけです。音楽を聴く時、演奏の技術や音色、音楽性も勿論大切なのですが、一番感動するのは何といってもその演奏の生命力に対してです。その生命力はテンポとリズムにあるのです。たとえ音色などは充分に表現されなくても、演奏の一番根幹をなす生命力(テンポとリズム)はラジカセを通してでも聴きとれるのです。だからこそスペックの劣る媒体を通しての演奏を聴いても、いくらでも感動できるのです。
どんな芸術でもそれを理解するには前提条件があります。音楽の場合はその3要素リズム、メロディー、ハーモニーがそれです。ピアノの中に頭を突っ込んで演奏雑音を有難がって聴くより、ある程度の距離をおいて演奏家の弾く姿全体を冷静に見ながら演奏に同化するのでなければ音楽などいつまでたっても理解出来ません。(具体的に言うと例えば演奏家のとるテンポにピッタリ合わせられるのはその一例です。その他に音程が聞き取れるとかハーモニーが分かるなどの要素もあります。)
音楽を聴いて楽しむだけでしたらそれらの能力がなくても楽しめますし、そういう能力が不可欠でもありません。音楽は何の理屈もなく楽しむものなのですから。
ところがその音楽を装置を通して聴かせるオーディオの世界では良い音が出ている時に、それが演奏が良いからなのか装置が良いからなのかさえ分けて考えていないのです。少なくともその区別が出来ないようでは再生装置の音など絶対に良くなりません。(良い再生装置というのは何を聴いても良い音がするものではありません。良い演奏は良くつまらない演奏はつまらなく、真の姿を伝えなければ良い装置ではないのです。そういう良い装置で聴くのはある意味とても厳しいものです。何でも良く聞こえるのは元の姿を脚色しているだけです。)
その意味から言うと音楽の中核をなし、聴く人に最も訴えかけるのは中域の音です。ですから古い録音や器械でも中域がしっかりしている物はいつの世でも良い物という評価を得るのです。ですから演奏雑音や音場とやらを聞かそうとして高域を伸ばしたり迫力を持たせる為に低域を意識的に伸ばしている物は、中域が充実せず中抜けに聞こえるのです。また音を意識的にいじっているので音域によって音色が違い過ぎるのです。そういう名器(迷器?)が世の中に多すぎるのでは?